超簡単、音楽史 第1号

TOONKIGOO

 

 

前回のお知らせでクラッシックの曲について、もっと皆さんに知ってほしいと書きました。さらに言えばいつものレッスンの中で、簡単な音楽史や作曲家についてもっと説明したいと思ってもなかなか時間がとれません。そこでお知らせのプリントの中で、これぐらいは知っておいてほしいというものを今回からシリーズで書いていこうと思います。クラッシックって、その当時の流行歌なんです。リストの演奏の姿にファンが失神したなんて、今のジャニーズとなんら変わりません。堅苦しく考えず、ぜひ、じっくりと読んで、いつものレッスンをもっと幅広く奥深いものにして下さい。

 

 第一回

 

西洋の音楽の歴史は4つの時期に分けられます。

 

  バロック期 1600年~1750年(江戸幕府ができたころから江戸時代の 

      前半まで) 

古典期   1750年~1820年ころ(江戸時代の後半)

ロマン期  1820年ころ~1900年(明治時代がロマン期のピーク)

近・現代  1875年ころ~今日まで(近代とはおよそ1875年ころから第1次世界大

      戦の終わり1918まで、現代とはそれ以降から現時点までを指します。

 

 (自分が今レッスンしている曲や発表会で弾いた曲は何期の作曲家のものですか?)

 

バロック期

 

一般に西洋音楽とは、中世の初めキリスト教の僧侶のお祈りの歌から始まりました。初めに歌ありきです。素朴な楽器が少しずつ出来ていきますが、まだピアノは出来ていません。鍵盤楽器は、今のピアノよりずっと小さくしかも高価なハープシコードでした。音楽史では、バロック期は後半に記載されているものもありますが、鍵盤楽器の歴史を考えるとバロック期からの始まりとなります。

 

バロック期のヨーロッパではキリスト教会と王侯貴族が絶大な権力で国を支配しており、音楽家達の仕事場は教会や、宮廷の礼拝堂や劇場、貴族の邸宅などでした。まだピアノができていないこの時代に、ヴァイオリンはすでに楽器として完成していました。今数億円もするストラディヴァリウスが作られたのは、ヴァイオリン音楽が栄えたこの時代のイタリアです。「四季」のヴィヴァルディが有名ですね。

 

 

 バッハとヘンデル

 

バロック期の一番有名な作曲家といえば、音楽の父と呼ばれるバッハです。1685年ドイツで生まれたJ.S.バッハは200年の間に50人以上の音楽家を輩出した音楽名門家系の出。生涯ドイツで宗教曲を含む広い分野に膨大な作品を残しています。ニ短調の「トッカータとフーガ」「主よ、人の望みの喜びよ」「マタイ受難曲」「イギリス組曲」「フランス組曲」等が有名です。バッハはバロック音楽を集大成した、音楽史上最大の作曲家と位置付けられています。ドイツ国内で活躍したバッハに対しヘンデルは、ドイツ、イタリア、イギリスと当時の主要な国々を歩き回って、カンタータ、オラトリオ、オペラ等を作り最終的にイギリスに帰化してロンドンで亡くなっています。「水上の音楽」オラトリオ「救世主」等が有名です。この二人は同じ年に生まれ、家も遠くはなかったようですが、生涯会うこともなく、バッハは20人もの子宝に恵まれたのに対して、ヘンデルは生涯独身でした。

 

                   バッハ

(バッハもヘンデルもこの当時はみんな巻き毛のかつらがおしゃれ。)

超簡単、音楽史 第2号

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超簡単!早わかり 音楽史

第一回目は、バロック期 音楽の父バッハと母のヘンデルでした。

 

第二回 

 

古典期

古典派は調和がとれて端正で客観的、形式重視です。

古典期のヨーロッパ社会は啓蒙けいもう思想しそうと合理主義に目覚めた庶民が、絶対君主制と教会の圧力に立ち向かいフランス大革命を起こします。つまり古典派の人々は砲弾の飛び交う中で、芸術とも向き合っていたのです。この時代日本ではまだ鎖国の中、お侍さむらいが江戸の町を闊歩かっぽし庶民芸術である三味線しゃみせんや浄瑠璃じょうるり等がさかんでした。西洋では、いよいよハープシコードからイタリアのクリストフォリによってフォルテピアノというピアノの前身が作られました。

 

 

ハイドン モーツァルト ベートーヴェン

古典派の重要な音楽家といえば、3大ウィーン古典派のハイドン、モーツァルト、ベートーヴェンです。

オーストリア人のハイドンは、少しの間ベートーヴェンの先生でもありました。生涯のほとんどを宮廷楽長として過ごし膨大な量の弦楽四重奏曲や交響曲等を残していますが、ウィーンでもイギリスでも成功を収め、なによりソナタ形式を完成させた功績が大きいです。

同じくオーストリア人のモーツァルトは、幼い時から神童とたたえられ幼少からヨーロッパ各地の宮廷でピアノを演奏し作曲をしましたが、大人になってからは不遇で35歳という短い生涯でした。しかしその短い生涯の間にオペラ「フィガロの結婚」や弦楽器用セレナード「アイネ・クライネ・ナハトムジーク」などの傑作を数多く残しています。

ハイドンからベートーヴェンへとバトンタッチされた古典主義の中で、モーツァルトは音楽をこの上もなく美しいものにしてくれたのです。

ドイツ人のベートーヴェンは、時代が革命を経て市民のものになっていく中、今までのようにかつらをかぶって王様に仕えるのではなく、ウィーンに出て自由芸術家としての道を歩みました。9つの交響曲をはじめ、32曲のピアノソナタオペラ「フィデリオ」等多岐にわたり膨大な作品を残していますが、特筆すべきは30歳ころから耳が聞こえづらくなり40歳以降は補聴器も役にたたなくなったようです。たくさんの補聴器を持っていたことからもその絶望の苦しみがわかります。その苦しみの中でも音楽を通して神と語りその聖なる感動のもとに筆を執るという姿勢が私たちにも大いなる感動をもたらすのだと思います。音楽家が耳がきこえないということはどれほどの苦しみか、その中で交響曲第九合唱では、シラーの詩に神様に対する感謝と喜びをうたっています。私達に感動を与えてくれるのも深くうなずけます。ピアノで有名な曲では「ソナタ悲愴」や「エリーゼのために」等があります。

 

古典派からロマン派へと道筋をつけたベートーヴェンを崇拝し、ベートーヴェンの臨終にはベッドの脇に立ち、1年後に亡くなった時には遺言通りベートーヴェンの隣に葬られたシューベルトは、ドイツ歌曲の父と言われています。わずか31年の短い生涯の間に「野ばら」や「魔王」等の名作歌曲を書いています。

 ハイドン           モーツァルト         ベートーヴェン

超簡単、 音楽史 第3号

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超簡単!早わかり 音楽史

第一回目は、バロック期 音楽の父バッハと母のヘンデルでした。

第二回目は、古典期 ハイドン、モーツァルト、ベートーヴェン+シューベルトでした。ここまでは覚えてしまいましょう。

第三回

ロマン期

時代は革命を経て動乱も徐々に収まり、芸術が花開きます。形式的な古典主義、つまりきっちりとした客観主義の古典派に対し、次に現れたロマン派とは、自由に開放された精神と共に個性や独創性の自己表現を求め、ハーモニー、リズム、様式など、あらゆる点で大きく発展しました。ピアノも黄金時代がやってきました。大きなホールができたため、改良を重ねて現在のピアノにほぼ近づき、ヨーロッパの中間層の家庭にも広く普及しました。

この時代はあまりにもたくさんの芸術家がうまれたため、絞り込むのに大変迷いました。ここに紹介するのはほんの一握りの音楽家だけです。

 

 

カール・ツェルニー   オーストリア人       

ウィーンでベートーヴェンに学び、弟子にリストがいる。たくさんの練習曲を書いた。

 

ブルグミュラー   ドイツ人             

25の練習曲、18の練習曲が、後世有名になる。 

 

メンデルスゾーン   ドイツ人         

埋もれていたバッハを復活させた。無言歌集が有名。 

 

ショパン   ポーランド人   

今でも日本人にとても人気がある。とても繊細な心と体を持っていた。ワルツ、ノクターン、プレリュード、バラード、アンプロムプチュ、ポロネーズ、どれをとっても甘く柔らか。歌心を知るために弟子達にオペラを見るよう勧め、声楽を学ばせた。

 

シューマン   ドイツ人       

無理な練習のせいで右手を壊し、作曲に専念する。ショパンやブラームスを世に紹介した。文学や詩からの深い思考で曲を書いたりしている。

 

リスト   ハンガリー人  

膨大な数のピアノ曲を書いた、超絶技巧のピアニスト。当時、スター並の人気を博したが、その生涯は波乱万丈で晩年は僧院で宗教色の濃いピアノ曲を書いている。愛の夢や、カンパネラ等が有名。

 

ブラームス   ドイツ人   

シューマン亡き後のシューマン一家を支えたが、本人は生涯独身だった。重厚な情感に満ちた作品が多い。

 

チャイコフスキー   ロシア人   

美しいメロディを作るメロディーメーカー。バレエ音楽の白鳥の湖や、くるみ割り人形等が有名。

 

パデレフスキー   ポーランド人   

独立を果たしたポーランドの初代大統領を努めた作曲家でピアニスト。特にショパンの名演奏で有名。

 

ラフマニノフ   ロシア人   

ロシア革命でパリに亡命し翌年アメリカに渡り、欧米でコンサート生活を続け、アメリカで亡くなっている。ロシア・ロマン主義の伝統を受け継いで、憂愁をおびた叙情的で甘い旋律の曲を書いた。プレリュード嬰ハ短調op3-2鐘が大ヒットした。

 

 

ロマン派の時代とは、政治も安定し、たくさんの芸術家、音楽家、ロマンチックな作品が生み出された時代です。

 

   ショパン          リスト        ラフマニノフ

超簡単、 音楽史 第4号

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超簡単!早わかり 音楽史

第一回目は、バロック期 音楽の父バッハと母のヘンデルでした。

第二回目は、古典期 ハイドン、モーツァルト、ベートーヴェン+シューベルトでした。

第三回目はロマン期 ショパン、リスト、ブラームス、ラフマニノフ、等がピアノの黄金時代を築きました。

第四回

近現代

 

近代とはおよそ1875年頃から第1次世界対戦の終わり(1918年)頃まで、現代とはそれ以降、現時点までをいいます。

資本主義が発達し、文学、芸術の面で思想は自由になり、前衛的傾向や無制約的傾向が出てきました。つまり、今までの概念を打ち破る、長調と短調の区別がない無調性や、全音音階、12音技法等、全く新しい手法を模索したのです。

近・現代の音楽は個々の作曲家が独自のスタイルを築いており、作曲家の数だけ異なるスタイルがあります。

図形楽譜

 

 

今までの概念を崩すところから始まった近現代の音楽は、これでも音楽なの?というような行き着くところまで行った気がします。楽器や音楽ホール等のハード面では、まだまだ進化が続いてゆくと思いますが、音楽の傾向としては、前衛的傾向の音楽だけでなく、過去のバロックや古典やロマン期の音楽が、癒やされるとして見直されています。

 

ドビュッシー    フランス人        調性の無い音楽や、印象主義の音楽(事物の印象を刻々と音に変えてゆく)を開発した。「2つのアラベスク」「ベルガマスク組曲」等。

 

サティ  フランス人        小節線を廃止した曲を作ったり、伝統から大きくはずれた、しかし高度に知的な作品を書いた。「3つのジムノペディ」「ひからびた胎児」等。

 

ガーシュイン    アメリカ人      ジャズとクラッシックを融合させた新しいジャンルの音楽を作った。「ラプソディー・イン・ブルー」、オペラ「ポギーとベス」等。

 

武満徹  日本人                独自の日本の感性を世界的な普遍性にまで昇華させ、日本の前衛音楽の先駆者的存在。「コロナ」「クロッシング」「閉じた眼」等。

 

 

 ドビュッシー    サティ      ガーシュイン     武満徹

 

昔昔、宮廷や貴族の物だけだった音楽が、今は誰でも、そしてメディアの進化により、世界中どこでも楽しめるようになりました。今回は主に西洋の音楽史について述べましたが、世界中に民族音楽はたくさんありますし、日本の伝統的な邦楽や民謡も魅力的です。この時代に生まれて好きな音楽を選び、学べ、楽しめる幸せをこれからも皆さんと共有してゆきたいと思います。